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かやぶき屋根

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旅行に行ったわけではない。

とんでもない田舎に行ったわけでもない。

我が最寄駅 小田急・読売ランド前 上りホームの向こうの景色だ。

緑を守ろうという 多摩美の山の一角である。

ここには 川崎市で第1号に指定された「多摩自然遊歩道」がある。

昨日 この遊歩道に並行する山の尾根づたいの道を 新たに遊歩道にしようという案があって

関係役所の人たちと 関係団体の人たち 約15名ほどで 予定された道を散策した。

そこに 私も初めてお目にかかる このかやぶき屋根の主が参加した。

散策の前に 当然かやぶきの家について話を伺う事になった。



「失われる日本を残したい ・・・ その一心で必死なんだ」

この言葉には 心を締め付けられる思いがした。

言葉で言うのは簡単だが 現実 生活の中で実行している本人の声には 強力なインパクトがあった。

「必死」という言葉の背景には 様々な要素がある。

ひとつには この姿を個人で保全するには限度がある。
(主に経済的なことだ。 保全・補修 カヤの張り替えなどとんでもない費用がかかるらしい。 ではどうしたらよいか? これといった作が無い)

建物は古いままだが 中の生活は近代化している。
(昔は 中で火を焚き その煙がかやぶき屋根を中からいぶし 殺菌殺虫をし カヤを長持ちさせていた。 生活とマッチしていた時代とギャップのある時代。 では どうしたらよいかは 模索に模索。 その苦労は 漠然と想像はしても 我々には計り知れない)

 ・・・・・ などなど

飛騨高山だけではない。 身近な日本。

この風景が残ってほしいと 誰もが思うのだが

その「誰もが思う分の1」 「誰もがの全員」 が 何をすればよいか?

何を何のためにどう残す ・・・ 難しい問題が山積みの日本。

諦めないで具体策を真剣に考えなければ 日本という名前だけ 昔はこうだったの空虚な話だけになってしまう。



線路を超える歩道橋から このかやぶき屋根を見る度

ただ 「いいなぁ~」では済まされない。

私にとって 考えさせられる風景に変わってしまった。

静かに 様々な問題を訴えるかやぶき屋根 ・・・・・。

* ちなみに 私がこの地に住みかけた約30年ほど前 読売カントリーの南の沢に かやぶき(わらぶき?)集落があったが 今は 国籍不明の様相をした新しい住宅街になっている。
また TBS緑山スタジオ(小田急・鶴川)近くにある「ふるさと村」には 古き田園風景は残るもののさすがにかやぶき屋根の家は残っていない。
時代劇などの撮影風景によく使われたという 小田急多摩線・黒川一帯の田園風景も川がコンクリートで整備されるなど 様相は大きく変化し ゆったりした日本の原風景が大きく変わりつつある。
その陰には 固定資産税・相続税など税政策 農業政策の問題 環境問題(何をどう何のための環境)と様々な課題が見え隠れする。 
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by jam909jam | 2010-10-09 19:57 | ◆多摩美の山
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