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コーヒーと私 01

私の家は 同居していた母方の祖父がお茶好きだったことと(この人は 和菓子を趣味で作る人で お菓子を食べるためにお茶を飲んでいた とも言える)近くにいた「おじさま」と呼んでいた遠縁の親戚にあたる人が華道と茶道の師匠だったこともあって(私は小さい頃からこの人が好きで 毎日のように顔を出していた) お茶にうるさい我が家だった。家に行くと「先ずは」と縁側に座り お煎茶 お抹茶とお菓子 庭を見て「あの苔がきれいになった」だの「あの木の葉が今一番きれいだ」だの「あの枝は剪定した方がいいな」だのおじさまの独り言を聞きながら相槌を打つ。「今日のお茶は 甘いな」「どうだ? 今日のお茶は美味しいだろ?」に 首をかしげた(笑)

コーヒーとの出会いは 今は亡き父。
父が家にいる日は 起きた瞬間から 家中がコーヒーの香りだった。
今の火鉢の火に パーコレーターがあって ボコボコ ボコボコ音を立てていた。
時々ふたが押し上げられて カパッと音がし 湯気が舞い上がっていた。
そして これまた時々 お湯があふれ火鉢の灰が舞い上がることもあった。
今考えると その父が飲んでいる姿をあまり見たことが無い。
「葉巻は 人に吸わせてその香りを楽しむものだ」と言う人だったから 家中に広がるコーヒーの香りを楽しんでいたのかもしれない。

そんなコーヒーを よく飲むようになったのは 高校生。
それまで 口にはしたが 好んで飲んだ記憶はない。
名古屋城の端にあった高校に通っていたボク 学校帰りに 名古屋テレビ塔脇にある図書館に寄ることが多かった。図書館に気分が向かない時 図書館が満席な時に寄ったのが これまたテレビ塔近くにあった「ボンタイン」という喫茶店だった。中二階の小部屋の様な席で コーヒーを頼み ノートを広げた。
当時から 今では名古屋名物になっている「モーニングサービス」があったが 時間も時間。しかし ボンタインの親父は「食べるか?」とトーストとサラダと卵を運んできてくれた。時々 ミカンとかリンゴとか柿をもってきてくれたっけ。ありがたかった。
友達を求めて他の店に行くこともあったが コーヒーの味は どこも同じに思えた。
「名古屋コーヒー」というか 今考えると 名古屋の人が好むコーヒーと言うのがあって ほとんどその好みに合わせたコーヒーだったのかもしれない。

高校卒業後東京に来て あちこちのコーヒーを飲むようになって その様々な香りと味の違いを知った。
地方のあちこちから集まった人たちの東京ならではの 様々な好みに溢れていた。

「コーヒーが好きだ」そう言うようになったのは その頃からだ。
コーヒーから伝わる 様々な人を感じるようになったのは 20後半。
美味しいと思うコーヒーもいろいろ。そのいろいろが楽しい。
今では コーヒーの産地も産地(農場)だが その焙煎 その淹れ方のいろいろに出会うのも楽しい。
最近は コーヒーとちょっとしたお菓子との調和を楽しもうと思っているが その店のお菓子が大きすぎたり 両方を良さが引き立つお菓子に出会うことが少ない。よほど気に入ったコーヒーなら お菓子を色々試すってこともあるけれど コーヒーはそれほどのものでもない。小さなお店なら「このコーヒーにお薦めのお菓子は?」と聞けるのだが 「どれでも合うよ~」「家のケーキは みんな美味しいよ~」と返って来て ガクッと来ることが多い。「何言ってんだ この人?」って顔をされることもある(笑) 

香り 一口含んだ時の味 後味 一杯を飲み終わった後の感じ
その日の自身の体調やその日の食事によっても 感じ方は様々。
朝と日中と夜 必ず飲む家では その体調を知るバロメーターと思っている。
ということで 好みのコーヒーで なるべく安定した豆をある程度の期間続けることにしている。
また 家では 余り丁寧に淹れることが無い。だから 適当に淹れてもそこそこ美味しいと思われるコーヒーが良い。
私は マグカップで飲む 何かをしながら飲む だから半分ほどはぬるくなり 1/4ほどは冷たくなる。
そのいずれもそれなりに美味しく飲めるコーヒーが良い としている。

コンビニのカップコーヒーも飲む。
ドトールなどチェーン店コーヒーも飲む。
ポロっと入ったカフェで 余りに口に合わず「ごめんなさい 急用で全部飲めないけど」と一口で出ることもある。こういう時 携帯が普及していることがありがたい(笑)
飲まないのは 缶コーヒーだけ。
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by jam909jam | 2015-10-30 14:08 | ◆独り言
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