<< 2006.12.19 「あそこはいいね」 >>

もどかしさ…。

e0093537_10493150.jpg糊の効いた白いシャツ、椅子に座り、美しく組まれたすらりと長い足は細身のブルージンに包まれ、やわらかな皮質の黒いショートブーツが覗いている。
その足元には、ふさふさ、もこもこ毛の大型犬がペッタリと伏せていて、上目使いでボクを見る。
赤いつば付きの帽子から黒髪のテールがゆれ、薄紅の口元に真っ白の歯を覗かせて微笑み
「こんにちは 犬を連れていますけれど大丈夫ですか?」
面長でおでこの広い色白、なかなかの美形の彼女の大きな眼がキラキラと輝いていた。
「ああ 大丈夫ですよ。 やさしい顔のいい犬ですね」
のっそりと犬がボクの所に来る。
差し出した手にちょっと顔を寄せ、また、元の場所にべったり。
「あら~ ポチ 珍しいわねえ」
「そうねぇ~ この子は人見知りで、めったに人の所に行かないのに」女主人が言う。
「そうなの? そっかあ~ ポチって言うの? 挨拶に来てくれたんだね。 ありがとうポチ」
「どうしたのかしら・・・ ポチ」
ただそれだけの会話だった。
彼女が隅のボックス席を立った瞬間、ドテッと寝そべっていた犬は、素早くドアー脇に移動する。
「じゃあ ママ~ またね~~」
カウンター内の女主人にドアーで一言。
そしてボクに
「お先に失礼します。どうぞごゆっくり」
・・・ それが、街のはずれにある、小さななんでもないコーヒーショップでの彼女とポチに出会った最初だった。

それから、何度か思い出した様にその店に入ったが、ほとんど毎日立ち寄るという彼女とポチには、なかなか出会うことがなかった。
それでも、ラッキーにも何度か顔を合わせることがあったが、いつもボクはカウンター、彼女は隅のボックス席、その距離4mが近づくことはなかった。
六本木、原宿、青山の話し、車の話し、犬の話しをほんの少し交わすだけで、いつも、彼女とポチが先にいて、先に帰るのだった。
近くに住んでいて、父親の会社を時々手伝っている。
ポチの散歩の途中立ち寄る。
2人姉妹の姉で独身、40前だが歳は不明のSちゃん。
母親もそのコーヒーショップの常連だが、いっしょに来る事はほとんどない。
・・・ 女主人が一方的に話す内容から、ただそれだけの情報しかなかった。
身のこなし、話し方、話しの内容、細かく神経は使っているが一見さりげないおしゃれ・・・ただものではない。そう思っっていた。
彼女に出会う・・・。いつの日か、ボクは、その期待だけでその店に足を向けていた。

出会ってから約2年。久々にその店に立ち寄ったその日、ポチが亡くなった事を聞く。
何という偶然だ・・・と、近くの花屋で花束を作り、女主人に託した。
その後、ボクが店に行くと、女主人がSちゃんに電話をするようになった。
「○○さんが来たわよ~~」
そして、ボクに受話器を渡す。
「今出られないの・・・。またいつかお会いできますね」
電話の向うで一言、そして、電話は切れる。
ほとんど、そんな感じだったが、ほんの1・2度だったかな? 彼女は現れた。
「ママから電話もらったので、ちょっとだけ会いに来ました。レイも会わせたかったし」
そう言い残して「じゃあ、また!」
それだけである。
それは、さわやかな一瞬の風であった。
彼女には、まだ子犬の柴犬・レイが抱かれていた。(そう、レイ・チャールズのレイだ)

しばらく、その店の近くに行く用もなく、足が遠のいていた。
そして、また、約1年以上の時が流れ、久々に店のドアーを開ける。
薄暗い小さなコーヒーショップは、相変わらずひとりのお客も入っておらず、女主人がカウンターに座ってタバコをふかしていた。
「あら~~ お久しぶりねぇ~ お元気でした?」
「ああ こっちに来る事が少なくなってね」
「Sちゃんから何か連絡行ってる?」
「連絡って、彼女はボクの連絡先知らないし、ボクも彼女への連絡方法知らないし・・・」
「あら~ そうなの?」
「あら、そうなのじゃないよ。 どうしたの?」
「じゃあ、知らないんだ~~」
「何が?」
「Sちゃんね。入院してるの。今日手術なの」
「えええっ? 何があったの?」
「誰にも内緒なんだけど、入院してることも誰にも言わないようにって・・・」
「じゃあ話すなよって言いたいとこだけど、もう聞いちゃったからな。 なんだよ~? どうしたんだよ! 事故か?」
「そうじゃないの…。あの子色々あってね」
「もう~! 早く話しなよ」
「眼が見えなくなる病気なのよ。それが悪化してね」
「なんだそれ。そんなのあるの?」
「今日手術なんだけどね。手術しても治らないだろうって」
「・・・・・・・・・・・・」
「$”#%$(&=~’&’$%”=・・・・・」
・・・・ もう、女主人の話は聞こえなかった。
「そっか~~ そなのか~~ 彼女携帯持ってたよね ボクのアドレス教えておくから なにかあったら」
「って、メール打てないかな? ま いいや とにかく・・・・ 電話も教えておくか」
「治らないのか? 見えなくなっちゃうのか? でも手術するんだろ? じゃあ、治る可能性があるって事だろ?」
自分でも何を言っているのか解からなくなった。
「それだけじゃないのよ。あの子には他にも・・・・・」
「もういいよ。その先話すな。色々内緒なんだろ?」
「○○さんなら大丈夫よ。Sママに話しておく。○○さんには話したって・・・」
「ボクが聞いて・・・。ボクがそれを聞いて何が出来るって言うんだよ。なにも出来ないって辛いものだぜ」
「そ、そうねぇ。ご免ね。話さなきゃよかったかな」
「もういいんだよ。 聞いちゃったんだから・・・。ごめん、ボク、帰るよ」
一口だけ飲んだコーヒーをそのままに、席を立った。
「誰にも話さないでね~」
「誰に話すってんだよ~~!! ッタク~~!!」
ボクは、訳わからなくイライラしていた。

それから、1週間後、PCのメールボックスに、Sちゃんからのメールが入っていた。
もちろん、内容を読むまで、彼女からのメールとは解からなかったけれど・・・・。
「今日退院しました。手術は成功しました。でも、自分で1日5回もいろいろしなくてはならないのです。今、ひどい顔になっています。しばらくは外出も出来ません。」
そこには、キリッと大きくなったレイの写真が貼付されていた。
携帯メールが打てたんだ~~ ボクはホッとした。
病気のことはよく解からないけれど、とにかく、手術は一応成功だったに違いない。そう思った。
「早くよくなってね。 レイいい顔してる。大きくなったね」

「入院の前に○○さんを見かけました。クラクション鳴らしたでしょ。○○さんの車は、ジャガーなのね。私はBMです。もう、乗れないけれど・・・」
「あの時、気が付いてたんだね。気が付いてないと思ったよ。ボクの車は、残念ながらジャガーではありません。ジャガー・グリーンのぼろグロリアです」

「レイは、とってもいい子です。ちょっとやんちゃだけれど・・・。 完治したら、レイと海が見たい」
「ボクでよかったら、海でもどこでもアッシーするよ~。 とにかく、今は、よくなる事だけを考えてね」

「お気遣いありがとうございます。私の病気は緑内障で両目を手術しました。完治することはないでしょう。いずれは失明というリスクがあります。レイが私を癒してくれています」
そして、入院前に写したという帽子のない顔写真が添付されていた。
「帽子をかぶっていない私ってどう?」
ニッコリしたその顔は、あどけない少女の顔だった。

・・・・ ボクには、今、彼女にかける言葉がない。
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by jam909jam | 2006-12-01 11:00 | ◆独り言
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