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♪ 有楽町で逢いましょう

e0093537_0385113.jpgその昔
フランク永井という歌手がいた。
1957年に唄われた「有楽町で逢いましょう」が余りのヒットだったため 他の曲が浮かばないほどである。
そのヒットは 次にブレイクした「君恋し」まで 3・4年は続いたといってよい。

ある日
たまたまオンにした深夜ラジオから こんな台詞を聞いた。
「出演、フランク永井。演出、フランク永井。提供、フランク永井でお届けいたしました。」
歌手自身が提供する番組?
どうにも気になった私は 次の放送を待った。
その番組が いつ頃 どの局から流れていたのかは 覚えていない。
多分 少なくとも 「君恋し」がヒットする前 1960年頃だったに違いない。

その番組は 深夜放送としてはとても短いもので 長くとも15分くらいじゃなかったかと思う。
ある時はゲストとおしゃべり それも有名人だけじゃなくて 身近な知り合い(フランク永井の個人的付き合いの人)だったり
ある時は ゲストとデュエット ある時はゲストのピアノでジャズを唄い といったもので
何が出るか? 全く予想のつかない ある意味不思議な番組だった。

フランク永井が 何を思い 何故にその番組をやろうとしたか いや やっていたかは解らない。
しかし 当時若かった私に その番組は 様々な思いを植え付けるものだった。

「若者から 社会や大人たちに発信する番組を持ちたい」
私のそんな途方もない夢は 夢のまま終わったが あの番組を提供したフランク永井の胸の内を想像することで 多くのことを学んだ。

やりたいことと要求されること その狭間に苦しんだ人たちも多くいた。
「やりたいことは 成功した後だ」と割り切った人もいた。
要求されることに限界を感じ 自らそのステージから去る人もいた。
要求されることに泳ぎ 自身を見失う人もいた。

ロックで知られる ロッド・スチュアートやスティングのスタンダード・ジャズ・ボーカル
それが 彼らのやりたかったことなのか 要求されたことなのかは解らない。
しかし そこには ホッとした息遣いがある。
エリック・クラプトンが B.B.Kingと楽しそうに演奏し唄うアルバムのように ・・・。
人は それを 「気まぐれ」 「贅沢」 と非難するかもしれない。
しかし 気まぐれや贅沢は 時として 故郷の小川を感じさせてくれる ・・・。

◆これは BBSの10月14日 BGMに対してパラシュートさんから 「スティングのスタンダードジャズを初めて聴いた
  こういうの好きだ」というコメントをもらった時 ふと浮かんだもので 10月20日に書いたものです。
◆本日 フランク永井さんが10月27日に76歳で永眠されたことを知り 急ぎ書き込みました。
 
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by jam909jam | 2008-11-03 00:44 | ◆独り言
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