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教えてよ

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 空には、数え切れない星が輝いている
 
 ボクにはわかるんだ
 それが、お星さまになった人たちだってこと
 お爺ちゃんもお婆ちゃんも
 お爺ちゃんのお母さんも、そのまたお母さんも
 そのまたまたお母さんもお父さんもでしょ?
 こうしてる今も、新しい星が生れているんだよねえ

ボクは困ってるんだ。お爺ちゃんの星が何処にいるか わからないんだよ
だって、お星さまがいっぱいいっぱいなんだもん
夕焼け空に、ぼんやりと白いお月さま、そしてひとつふたつとお星さまが見えてくる
じっと見上げていると ボクに話しかけてくる星がいるんだ
いるんだよ いるんだってば
ひょっとしたら、それが、お爺ちゃんかなぁって思うんだ
きっとそうなんだ
だって すっごく優しく光るんだよ 何か話しているように光るんだよ

宇宙の中では、なくなるお星さまもいるんでしょ?
流れ星さんがそうでしょ? 知ってるよ~
でも不思議なんだ
せっかくお星さまになったのに
その星がなくなるって、どういうことなんだろう?
訳が分からないよ~

もしかしたら
流れ星さんは、どこかで赤ちゃんが生れたってことかな
だって、空がお星さまばかりになったら、太陽もお月さまも見えなくなっちゃうもんね
きっとそうだ そうでしょ?
生まれた赤ちゃんの代わりに、お星さまが消えるんだよ
きっとそうだよ そうだよね
でも でも お星さまが消えるって??
流れ星さんって お星さまが小さく小さくなるだけなのかなぁ~

地球も宇宙のお星さまでしょ? ボク知ってるんだ
だったら、この地球も誰かさんのお星さまなの?
ボクたちは、誰かさんの上にいるの?
でもさあ いったい誰の?
神様のお星さま?
だったら、神様は、お星さまになっちゃったの?
いつか、赤ちゃんのために流れ星になるの?
そしたら、その赤ちゃんは、何処にいればいいの?

わかんないよ~~ わかんないよ~ ・・・・。

*絵は 1966の作品(シルクスクリーン)

# by jam909jam | 2015-07-28 02:05 | ★ショートショート

車と私

私が乗ってきた車の中で
これに乗りたい これが欲しい と購入したのは
ブルーバードSSSクーペ
バモスホンダ
クラウンクーペ
いすゞ ビッグホーン
この4台だけだ。

後は その時の成り行き
たまたま 車の調子が悪くなって とにかく即次の車を決めなきゃならなかった とか
ぶつけられて 修理代がかかりすぎるから とにかく何かに乗り換えよう とか
雪の塊につっこんで やはりその修理代より買い換えた方がいいや とか
たまたま 友人が手放すというので じゃあ と買い受けたとか
楽器が運べる大きさじゃなきゃ とか
ビッグホーンは 排ガス規制で車検が取れず 手放すという特例だった。
そして たまたま 修理屋さんから勧められて レガシーに乗った。
その時のフトコロ具合 家族 仕事 その時の買得の車 で決まった。
特に 仕事では クライアントに気を遣い 仲間にも気を遣って
この程度だな~と妥協することが多かった。
「分相応」がモットウだった。
新車なら誰もが知る高価なものでも 中古なら・・・だった。
「高級車に乗ってますね~」
「いや~ 中古のボロ車です」 ・・・ と笑って終わり。

今まで 結構いろんな車に乗ることができたのは
仕事場に あれこれ面白い車があったこと
周りの友人(親しい友人)に 恵まれていたことが幸いした。
かなりいろいろを所有する 車好きの友人も多かった。
「しばらく 交換するか~」とか
「1週間くらい乗ってみる?」とか
〇〇に行く と言うと「俺の車乗ってくかい?」
・・・ なんてことが多かった。
同行すると 何故か運転手にさせられてしまうといったこともあったし
会う度「私の車で行かない?」となって その人の車を運転する
なんてことも 多かった。
ジャガーとかカマロとかメルセデスとかプジョーなどがそうだった。

チョイ乗りで 思い出すのは ロールスロイス。
当時 業界でも車好きで有名だった某男優から 撮影のために借りた車だった。
バックの景色との関係で ちょこちょこ動かさなきゃならず
乗ってきた運転手がなかなか良いところに停めてくれない。
イライラしていたら 「なかなかいうことを聞いてくれない車でしてね。動かしてみますか?」
となって 近くをその運転手とドライブしたのだった。
「大丈夫大丈夫」とは言われても 心臓バクバク 冷や汗が出た。
乗せてもらう車で 運転する車じゃないと はっきり解った。

いろんな車に乗っただけではなく 事故の経験を始め
車にまつわる 様々なドラマがあった。

後 10年 健全な身体でいられれば運転するかもしれない。
最後に乗る車は 何がいいだろう?
少なくとも 成り行きではなく乗ってみたい車にしたい。

◆----------------------------------
「私の車歴」 1968~2014  (Facebookに掲載済)

< My Car >
ブルーバード・スタンダード(コラムシフト)(新)
ブルーバード・SSSクーペ(新)
ブルーバード・SSSクーペ(新)
バモスホンダ(新)
VW・カルマンギア(中古)
クラウン・2ドアクーペ(中古)
(このクーペが素晴らしく当たりが良かったため 中古でいいじゃないかとなった)
グロリア(中古)
いすゞ・ビッグホーン(新)
スバル・レガシー(中古)
グロリア(中古)
クラウン(中古)

e0093537_17103462.jpge0093537_0195466.jpge0093537_1713060.jpgブルーバードSSS
クーペ
色はもう少しブラウンぽかったような気がする
横にオレンジのラインを入れていた。



クラウン・クーペ MT
色は モスグリーン
屋根が黒の革貼りだった。




いすゞ ビッグホーン・ロング
タイヤは 勿論ラフ用
バンパーに
丸大型フォグランプを付けていた。






< 1ヶ月~? 乗った車 >(仕事場・一時預かり)
VW・ビートル
VW・タイプ2(ミニバス)
スカイラインGT
カローラ・レビン
シボレーカマロ
イノチェンティ・Mini
ジムニー
ダットサン・ピックアップ
BMW 320
メルセデス 320
ホンダ ステップワゴン
プジョー406

< 2~10日程 乗った車 >
三菱・コルト500
フィアット600(東京オリンピック輸入車)
オースティン・Mini
日産・チェリークーペ(発売広告制作)
ブルーバードU(発売広告制作)
アルファロメオ
ジャガー
シトロエン
フォード・ムスタング
Jeep チェロキー
トヨタ・ランドクルーザー
日産・サファリ
三菱・パジェロ
三菱・デリカ
トヨタ・アルファード

その他レンタカーなど?
チョイ乗り?

◆こよなく愛したMyCar
 ブルーバードSSS 2ドアクーペ
 クラウン 2ドアクーペ
 いすゞビッグホーン
◆走行的に面白く 欲しくなったのは
 ムスタング
 イノチェンティMini
 プジョー406
◆流石と思ったのは
 メルセデス
 カマロ
◆乗ってみたいと思いながら 乗っていない車
 ボルボ カントリー
 レンジローバー
 ポルシェ ボクサー 
◆----------------------------------

# by jam909jam | 2014-03-05 17:25 | ◆独り言

カウボーイの馬のように

僕は 車が好きだ。
車そのものではない。
車に乗っていること 車を動かしていることが好きなのだ。
そして 道を感じることが好きなのだ。
だからなのか 車に対して あまりこだわりがない。
もちろん この細身の身体に伝わる動き 感覚は車によって異なる。
その違いまでも 好きなのだ。
だから いろんな車に乗りたい。動かしたい。
しかし 現実はそうもいかず 今まで何台かの運転しかしていない。
マイカーとなれば 数える程だ。

この運転好き(とでも言っておこう)になったのには 背景がある。
母方の祖父が警察官だったので 白馬にまたがりサーベルを下げた写真が
たまらなくかっこよく見えていた。
白馬ではなかったが 子供の頃 家には馬車が燃料を運んできていた。
そのでっぷりとした 足の太い馬も それはそれでなんとも可愛く思え
その馬に会えるのが楽しみだった。
その度 馬車に乗せてくれて 近所を一週した。それが嬉しかった。
また 近所に馬を飼っている人がいて シャキッとしたおしゃれな格好で 馬にまたがっていた。
馬を操るその裁きもかっこよかった。
商店街でも見かけたので 馬で買い物にも行っていたのかもしれない。
「馬に乗りたい」「馬を飼いたい」子ども心にそう思っていた。
父に何度か頼んだが 当然のように実現しなかった。

一方 その頃 映画といえば「ターザン」「西部劇」だった。
西部劇といえば 友達のみなガン裁きに憧れ 木製のピストルを作って早打ちの真似をして遊んでいたが
僕は カウボーイの馬裁きに夢中だった。
雑木林の中を走れば もう馬でかけている気分で草や小川を飛び 枝を潜った。
自転車も 僕には馬だった。
だからかもしれない 毎日のように油をさし 綺麗に拭いていた。
いつも ピカピカの自転車だった。

小学校高学年から高校まで そんなことも忘れていたが
高校でバイクの免許を取り バイクにまたがって蘇った。
おお~ 僕の馬だ! そう思った。
東京に来て バイクはなく また しばらく忘れていた。
でも よく考えると 時々参宮橋の東京乗馬倶楽部を覗きに行ったりしていたようだ。
それなら 何故乗馬クラブに入らなかったか? なのだが
当時 乗馬クラブというと競技乗馬というか 馬を形にはめている感じがして
どうも抵抗があった。カウボーイのそれではなかったのだ。(今もほとんどがそうだよね)

24歳 週刊誌の仕事で毎週ロケ先を決めなければならなくなり
それは もちろん自分で探さなければならなかった。
電車では そんなところも探せる訳もなく 車が必要 となった。
慌てて 教習所に通い 免許を取り 車を買った(親に買ってもらった)
当時は まだコラムシフトが主流だった。
最初の車は 教習所でも乗っていたブルーバード・スタンダード(コラムシフト)だった。
その後 雑誌の仕事が増えたおかげで ブルーバードSSSクーペを購入。
当然 フロアシフト。
この車に乗って 蘇った。 「これが 僕の馬だ」久々にそう思った。
そうなれば 駆け回りたい。
で ラリーを始めた。(縁もあって)
このラリーで いろんな道を走るようになって 
様々な路面 カーブ 道と車 ・・・ 道に対して車を操る面白さに夢中になった。
東京近辺でラリーが出来なくなって 寂しくなった。
馬のように 川の中を走りたい 山を走りたい 道なき草原を走りたい
それは スキーを始めたことがきっかけになって 実現した。
タイミングも良かった。 4躯の車が何台か市場に出始めたからだ。
ISUZUビッグホーンに乗った時 「これこそ僕の求めていた世界だ」と歓喜し はしゃいだ。

ハワイ島(ビッグ・アイランド)のワイピオ渓谷でホースランディングをした時
僕は幸せだった。
やっと 馬を操って 自然の中を 道なき道を 枝枝を潜り 小川を走り 海辺を走ることができたのだった。
海辺で 馬を降り 休憩しサンドイッチをほうばった時
「お前は 日本で馬に乗っているのか?」
「いや 2・3回乗ったくらいだ」
ガイドが 両手を肩辺りまで揚げ 目を大きく開けて笑った。
・・・初めてなんだよな でも そうだ 馬は僕の言うことを聞いてくれている
乗る前に よろしくねって 馬のほほと鼻筋を撫でて ちゃんと挨拶したからかなぁ~
・・・なんでだろ? 西部劇で教わったのかな~ それとも犬のリードで覚えたのかなぁ~
嬉しかった。
・・・きっと 僕の車が馬だからだ。 そう思った。
「命を感じる機械」

しかし 最近 なかなか 車で自由に走る機会(場所)がない。
当然 馬に乗る機会もない。
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↑ 今 My Car にしたい車No.1  RANGE ROVER EVOQUE
# by jam909jam | 2014-02-28 02:29 | ◆独り言

ワイルドな私だったかも

高校は 名古屋城の堀端にあった。
その堀の中には 電車(瀬戸線)が走っていた。

学校近くに試験場があったため バイクの免許を取った。
当時 バイクの免許実地試験はスクーターだった。
富士重工の作る「ラビット」
当時 家にあったのは 三菱重工の作った「ピジョン」
練習は このピジョンを近くの広場か無免許で近所を乗り回すことだった。
下駄履きで弟を後ろに乗せ 家の路地をボボボボっとメインの道に出た途端
自転車でやってきたお周りさんと出くわし 「おいおい」とこっぴどく叱られた覚えがある。
現在と違い ただただお目玉だっただけだった。

ピジョンはラビットより大きく重かったためか
試験は2回落ち 3回目にやっと受かった。
狭い急坂を上がり ターンしながらすぐ下り坂でS字カーブ
いつもそのS字を直進してしまうことで 終わりだった。

免許を取った頃 ピカピカのHONDAドリーム250があって
なのに何故か 親父はいつもピジョンだったので もっぱら私が乗っていた。

当時 バイクを乗る若者は「カミナリ族」と呼ばれていた。
「カミナリ族」と言うとなんだか怖いが 「暴走族」とは異なり
名古屋の「カミナリ族」と呼ばれる人達は 芸の見せやっこが主だった。
名古屋テレビ塔のある100m道路 テレビ塔の近くにバイク乗りが集まり
手放し乗り 腹ばい乗り 後ろ乗り・・・などなど見せて 見てる方は「おお~!」と拍手。
今思えば 可愛い「カミナリ族」だった(笑)
ちなみに 私はそんな曲乗りなど出来ず(しようとも思わなかったが)2・3回見に行っただけだったが。

バイクに乗ることに 父は反対で 免許を取ったことにも怒った。
だから 乗るのは 父のいない時と限られていた。
学校にも乗って行って(乗る人もいなかったので 特に禁止でもなかった)
すると 先生が「ちょっと乗せてくれないか」(笑)
授業後 校庭を代わる代わるクルクル・・・なんて感じだった。

休みの日 ガールフレンドを後ろに乗せて走る。
これがたまらなく 嬉しかった。
映画の主人公にでもなった気分だった。
ヘルメットの使用は義務付けられていなかったので
女の子のポニーテイルの髪が揺れ 横座りのスカートが旗のようになびいた。
(白地に明るいグリーンの大柄の水玉ワンピースをよく覚えている)
自分は運転しているので その姿を見られないが 走りながら「絵になるだろう」と得意になっていた。
日舞のお稽古に通う彼女を 家まで迎えに行き 稽古場まで送る。
・・・ 後ろに乗せるのは その子一人と決めていた。
それが きっかけでもないが その後 彼女と結婚。女・男2児をもうけた。
(申し訳ない 彼女は 今も良き友である先妻である)

・・・と 序文が長くなったが
バイクのことである。
当時 バイクそのもののスタイルは そんなにかっこいいとは思っていなかった。
あの頃 こんな(写真)バイクがあったら 人生も変わっていたかもしれない。
これを見たら これを手に入れるために頑張ろうとしただろう。
後ろに 女性を乗せることも考えなかっただろう。
なんてワイルドな姿だろう。
・・・今更惚れても どうにもなることでもない。
・・・「今更惚れても」は バイクに限ったことでもない。
ちょっと寂しい風が吹く このごろ。。。

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http://www.so-bad-review.com/
# by jam909jam | 2014-02-26 23:43 | ◆独り言