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あの頃 私は生意気だった。

東京タワーのすぐ脇の丘の上に建つ 某社団法人マーケティング・アドバタイジング・プラニング事業部を経て

フリーになり 男性週刊誌のメンズファッションページのADを務め

27歳で 原宿の外れに お店とアトリエを作った。

その頃の資料が どこかにうもれてしまい。

というか 27~32歳くらいの私の足跡は 見事に消えてしまっている。

あまり気にしていなかったが 最近になって 消えてしまった足跡がどうにも寂しい。

もう この歳になったのだから(71) そろそろちょっとまとめておきたい ・・・ という気持ちも芽生えている。

・・・ そんな最近になって たった1枚(もっと何枚もあったはずだが)見つかったもの

お店の開店案内。

薄いブルーの厚紙に コバルトブルーとグレイで刷られたもの。

大型はがきのその表に 屋号・住所・地図があって 店の写真もイラストもない。

ただただ 気持ちを書いた 文章だけの案内状。

しかし 私の気持ちが通じたのか 開店の日 入りきれないお客様が道路にあふれた。

少ないメニューの食べ物の注文に パニック。

「どうしよう?」

その時 

ごった返す人をかき分け 入ってきた男がいた。

大きな声で 「どけよ!!」

腕まくりしてカウンターにずかずか入ってきたのは 千駄ヶ谷にあったお店のマスターだった。

溜まったオーダーを黙々と作った。

その脇で ボクは 声を出して泣くしかなかった。

「食器でも洗ってろよ!!」 「お客と話でもしてろ!! 邪魔だ!」

彼がカナダに移住して ・・・ 随分になる。
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# by jam909jam | 2014-02-15 19:21 | ◆独り言

お正月って

e0093537_0485023.jpg「喪中だから お祝いごとはしないんだよね だから今年は年賀状もなし」
「うん そうだね」
軽く 当然のように応え そうか~ お飾りもしめ縄も何もなしの正月か~
だった。
で 普段と変わらない ちょっと寂しい元旦を迎えたが
ふと 昔 祖父の言っていた言葉を思い出した。
「門松は やってくる神様への印 いらしてくださいって招き入れるためのもの」

そうだよな~
いつの間にか「お正月を祝う」という気持ちだけになっていたけれど
カウントダウンをし 新年を喜び 祝うの他に
お正月には「年神様」を迎え入れるという 大きな意味が有り
そのための儀式があったんだよな ・・・ と今更のように思い当たり
ああ 今年は「年神様」に何もしなかったなぁ~ と後悔した。


子供の頃のお正月を振り返る。

12月15日頃から 家の中のいろいろを片付け始め 20日ころから大掃除が始まった。

12月25日になると 正月の準備が始まる。
まずは 障子貼りだった。 障子を近くの小川に運んで洗い。
次の日 新しい障子紙を貼る。
また 燃料が運び込まれ その整頓と家の外周りの清掃がボクの主な仕事だった。
祖父といっしょに 門松としめ縄の準備もした。
母・祖父が 台所で大忙しだった。(祖父が料理長だった)
きれいに掃除され 日常使っていた古い食器やなべやフライパンなどがまとめられ
新しいものが運び込まれた。
縁の下に収納してあった大皿など普段見ないような食器が出され 綺麗に洗われた。

12月30日 ボクは 鳥屋さんに肉屋さんに八百屋さんにと朝早くからお使いに走り回った。
その日は 決まって親戚の人たちが家に集まり 餅つきだった。
朝早くから人が押し寄せ さあ お正月だ! と大変な賑やかさだった。
みんな おせち料理作りにも忙しそうだった。
つき上がったお餅とおせち料理の何かしらを持って 親戚が帰る。
火 水 のもとにしめ縄とお餅が飾られる。門松 しめ縄が玄関に飾られる。
決まって 家に泊まり 31日の朝帰る人もいた。
30日の夜は お酒の入った男集が麻雀を始める。
ボクは 夜遅くまで お酒のかんを付けて運び お茶を入れて運び 席を外す人に代わって麻雀牌を混ぜ積み上げた。

12月31日 家族だけになる。
昨日の騒ぎは何だったんだろう? という静けさに包まれる。
お正月準備で 散らかったものを片付け 今一度外回りを掃除する。
昼は寿司 夜はすき焼き ・・・ の途中で「紅白歌合戦」
「行く年来る年」が始まると 年越しそば(もうお腹いっぱいで 蕎麦も口に入らないほどだった)
すると 祖父 父 が外出する。(初詣に出かける)

元旦 家中開け放され その寒さで起きる。
朝日に挨拶 火 水 の守り神に挨拶。
家族集まって 父の新年の挨拶 そしてひとりひとり新しい年の心構えを発表する。
「長編の本を読みます」なんて言うと 「頑張れ」とお年玉が渡される。
おとそ そしてお雑煮 おせちの蓋が開く

2日の朝は やはりお雑煮の後 書き初めで始まる。
そして 午後の3時はぜんざい。
かるたをし 福笑いをし 双六をし みかんさしをし 将棋倒しをし 碁並べをし
・・・ コマを回し 凧揚げをし ミカンを食べ 干し柿を食べ 焼き餅を食べ お菓子を食べ
2日と3日は またまたお客が来て賑やかな日になり
おしゃべりと笑い声で家がはちきれそうな三が日が過ぎる。
・・・ 毎年 毎年 同じパターンが繰り返されていたが
その全てが 楽しみだった。


今日は 孫たちが来た。
わいわいと賑やかにすき焼きを楽しんだが 夜 スキーに向かうと言う。
私も スキーをやっていた何年か お正月は全く東京にいなかった。
そのため と 年賀状も長年ご無沙汰だった。
子供たちにも 家でのお正月を体験させられなかった。

正月とは何か 新年を迎える意味 そして新年をどう迎え どう祝うか
伝えることは伝えなきゃならないなぁ~ と
改めて思う。


新らしい下着
新らしいご飯茶碗
新らしい箸
新らしい歯ブラシ
少なくとも 元旦に欲しいもの・・・・。
# by jam909jam | 2014-01-03 00:51 | ◆独り言

元旦

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2014年は iPhoneで始まった。
まだ 電話に出るのもまごつき メールにすぐ返事が出せないでいる。
持ってみて まず驚き 嬉しかったのは高音質になったこと
FaceBookを ふと思い付いた時に見られること
・・・・ 何はともあれ 画面を開いてなんだかウキウキすること
しかし 道具として うまく使えるまでには しばらく時間がかかりそうだ。

喪中の我が家だが とにかくお節を前に お雑煮を頂き
なんとなく TVを観て(着けていただけだったかもしれない)
お昼を食べていると 妻の妹から電話が入った。
で 義妹夫婦と落ち合って 妻の両親が眠る墓参りに出かけることになった。
場所は 小田急相模大野からちょっと離れたところ 思っていたより暖かな日だった。

帰り道 さてどこかでコーヒーでも と思ったが
やはり 元旦 思い浮かぶ店のその全て まさか元旦からやってはいないだろう だった。
相模原のあの店 やってないだろうけど 行ってみるか ・・・ 休みだ~
うっへ~ なんだこの渋滞?
そっか~ きっと鶴川街道の菅原神社への初詣客で混雑してるんだ~
普段でも あの神社の交差点 結構渋滞するだよなぁ~
町田市役所を抜けて 迂回しよう
そうだ それなら 玉川学園のあの店行ってみよう ・・・ ああ やっぱり休みか そうだよなぁ~
じゃあ 金井に車の停められる「オランダ坂珈琲」 あそこならやってるだろう ・・・ おお やっぱりやってた~
でも 待てよ かなり混んでるようだなぁ~ とお店に入る。 
レジ前の椅子に 入店待ちのお客が10人ほど 「どうぞ そちらにお名前をお書きになってしばらくお待ちください」 
言われるままに記帳し 外で待つ(椅子に並んで待つというのが どうも苦手なのだ) ところが しばらくしても帰るお客がいない。 待つこと約20分 一向にレジ前に座って入店を待つ人の数も減らない。 
やめよう! 記帳した名前を消し 店を後にした。

こうなると 意地でも どこかに入りたくなる。
しかし ファミレスに入る気にもなれず じゃあ 鶴川の「星野珈琲」だなぁ~ と車を走らす。
ん? なんだ? 休みかぁ~ ここはやってると思ったのになぁ~

もう あたりは暗くなっていた。
いつの間にか ヘッドライトをつけて走っていた。
あれ? いつつけたっけ~ とバカな自問自答。

どうする?
もう 夕飯をどうする? の時間になっていた。
何か食べる?
待てよ そうなると またお店探しになってしまう。
ここまで来たら もうすぐ家 「家で コーヒーにするか~」

iPhoneが鳴っているのに気づく
家に残したのっぽの息子からの電話 「どこにいるの? 夕飯はどうなってる?」
「新百合近くにいる もうすぐ帰るよ」

・・・・・ 。。%&$”)’~#$
かく 元旦の日は暮れた。
# by jam909jam | 2014-01-02 01:13 | ◆独り言

悩むなぁ~

e0093537_015284.jpg「携帯使用料金が高すぎない?」
かみさんに言われながら 「仕方ないだろう それだけ使ってるってことだ」と気にもしていなかった。



待てよ 周りの若者は ほとんどスマートフォン しかも 通信料など気にしていないように WEB繋ぎ メールし 会話し ガンガン使っている。

で ちょっと聞いてみた。

「そんなに使って 使用料気にならない? 大変でしょ」
すると 「須田さんは 月にどれくらい払ってるんですか?」 逆に聞かれた。
「〇〇円位いらしいよ」
「うわ~ すごいですね そんなに払っていませんよ」


「・・・・・・・・ ???」 事の始まりは この会話だった。

Docomoショップに立寄り 「何だか 料金がかかり過ぎてる感じなんだけど どうしたらいいか相談に乗って頂けませんか?」 と投げかけた。
「お客様の契約は 7年前ですね」
「ちょっと 使用状況を調べてみます」
「ああ これは ご契約範囲を大幅に超えていまして そうしますとどうしてもこのような状況になります」
「ご契約内容を 変更なさった方が良いかと・・・・」
と あれこれ 計算し おすすめの契約内容が示されてびっくり 「えっ! そんなに安くなるの?」だったのだ。
・・・ そうか 7年前と今とでは 携帯の使用頻度も違う。 使い方も違う。 携帯状況 自身の使用環境の変化・・・ 当然 その時々に契約内容の見直しはすべきだった。


そうなると このところ 自身に大きな変化がある と気づいた。

「あれどうだっけ?」 「こういうので何かあったよな」 
ボクの独り言に すぐさま 近くの若者がスマホで調べる・・・といったことが多くなったのだ。

ってことは 自分がスマホを持つべきか?
ん? それとも タブレットか?
さて どうしよう どうしたらよいか?
スマホか 携帯とタブレットか?
・・・ これも 相談事になった。

1) このまま 契約内容を吟味する。
2) スマホで全て賄う(この場合 画面の大きなものが良い)
3) 携帯とタブレット
* 携帯は 電話とメール  スマホ又はタブレットの必要性はWEB
WEBに関しては 自宅のPCを活用している つまり 外での使用頻度が問題だ。
これが悩ましい。 外といっても 私はほとんど車。 使うとすれば ティータイム。 ティータイムは 1日に2・3度くらい。電車にでも乗っていれば その時間にいろいろ使うだろうが そんなに使用頻度は高くない。 しかし もちろんあれば便利だし 頻度は少ないが結構重要な使い方が想定される。
やはり 持った方がいいだろう・・・。となった。
料金を試算してもらった。 が これがまた悩ましい。 大きな差がないのだ。


じゃあ もう一つ SoftBankに乗り換えたらどうなるか?
と 今度は SoftBankショップに立ち寄った。
結果 これがまた悩ましい。
料金設定のスタイルが全く異なるのだ。
基本料金が Docomoとは 全く違って安い。 しかし 通話料が加算される。
但し SoftBank対SoftBankならほとんど無料。


これは DocomoもSoftBankも同じようなことが言える。
つまり 自分だけではないのだ。 相手が何を使っているか?で料金が大きく異なってくる。
そんなの解らないよ~~ なのだ。
Docomoの調査によれば 過去の私の相手は Docomo使用者20%。
80%が他機種(そのほとんどがSoftBankに違いない)
じゃあ 悩むことはない SoftBankでしょ ・・・ それでいいのだろうか?

結局は 試してみるしかない ・・・・ のようだ。
よし! と 3日前に予約したDocomoでのタブレットをキャンセルし もう少し考えてみることにした。
携帯 / スマホ / タブレット / PC ・・・・ この組み合わせ
仕事現役の頃なら 全く悩まないが それぞれ重要でありながら その頻度が少なくなった今 納得できる料金体系で何をどう使っていくか? ・・・・ 実に悩ましい。 


ちょっと 面白かったのは ショップの対応
Docomoは アナログ ・・・ 紙に手書きで説明
SoftBankは 全く手書きすることなく タブレットの画面を示して説明
・・・・ これは 何を意味するか?
帰り見た私の手元に残された資料は どちらもどちら 「あれ? これ何だっけ~」(笑)
# by jam909jam | 2013-12-12 01:05 | ◆独り言